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この1年前の古い記事に、後期高齢者と思われる永井さんという方からコメントをいただいた。
私に送ってきました後期高齢者保険証は、文字が小さくて、読めません。最上段の有効期限は虫眼鏡でやっと確認できました。それ以外の文字数字も小さくて高齢者に対する配慮、思いやりが全く感じられません。どうしてこのような文字を使ったのか理解できません、車の運転免許証と比べて見てください。次回は見やすい文字を使うよう、是非改善をお願いします。
後期高齢者医療制度の開始もあと1週間となった。どうやら廃止とか延期とかはないらしい。
地域にもよるが、もう全国の後期高齢者のもとに新しい被保険者証(保険証)が渡っていることだろう。
その新しい被保険者証がものすごく小さく、細かくて字も読めなく、ペラペラで失くしてしまいそうなものであることにショックを受けた後期高齢者はどれくらいいるのであろうか。
実は後期高齢者医療被保険者証には、カードサイズとより大きい現行老人受給者証サイズの2種類がある。
最初、厚生労働省はカードサイズのみしか認めていなかった。
後期高齢者全員に、中身が何が書いてあるか分からない紙切れを渡そうとしたのである。
もちろん当時の全国の市町村や広域連合設立準備委員会の担当者も、これには大いに反発した。
件のコメントをいただいた記事も、元々はそのナンセンスさを皮肉った記事である。
最終的には厚生労働省は現行老人受給者証サイズの被保険者証も容認すると態度を改めた。
これを受けて多くの広域は現行老人受給者証サイズに方針転換をしたのだが、
幾つかの広域は当初の予定どおりカードサイズを固持している。
役所の悪い部分であるが、一度決めてしまったことを変えるには、ものすごい労力とコストを必要とする。
それは確かにそうなのだが、是が非でも変えなければならないときもある。
カードサイズを選択した少数の広域は、業者選定&契約後の仕様変更が困難であったのか、あるいは何らかのポリシーがあったのか。
いずれにせよ、現場の市町村を巻き込み、今後後期高齢者からの問い合わせや議会の場で「なぜカードサイズなのか」ということを説明せねばならないシーンは数多く出てくるであろう。
最悪サイズは変えられないとしても、大きめの保険証ケースを作るとか、後期高齢者に配慮した何らかの取り組みが必要だ。
このブログは全国の後期高齢者医療に携わる関係者が数多く閲覧している。
永井さんの声はきっと担当者の耳に届くことだろう。
肝臓が幾ら痛んでも通院していないのに、歯医者にはすすんで通院しているのは、診察中眠れるからである。
小一時間の間、ぐっすり眠っている。
口の中をいくらグリグリされようが、ガリガリされようが、全く気にならない。
多少痛くても、とにかく横になって休めるのである。こんな素晴らしく贅沢なことは無い。
「今回で終わりにしましょうか」
「あれま、もう終わりなんですか」
「また半年後ぐらいに来てください。歯はもう少し丁寧に磨いてくださいね」
「わかっちゃいますけど、睡眠時間も削っているぐらいですから…」
「市役所でしたよね。お仕事は何をされているんです?」
「後期高齢者医療です。」
「やはり次回も来てください。スケーリングをします。それと、次回までに質問事項をまとめてきますので、回答をお願いします。質問はたくさんありますが、ひとつ、よろしくお願いします」
「だから、時間無いって言っているのに」
新しい制度に不安を抱いているのは、高齢者ばかりではない。
投票結果―被保険者証の即時交付についてどう思われますか?
結果を見ると、
データの信頼性が失われても、サービスの質を確保するため原則即時交付とすべき
(11票/18.0%)
データの信頼性が損なわれるため、原則即時交付は行うべきではないが、被保険者からの求めがあればやむをえない
(23票/37.7%)
データの信頼性が担保されるようになるまで、即時交付は行うべきではない
(15票/24.6%)
データの信頼性が担保されても、誤交付のリスクや入力の負担がある限り、即時交付を行うべきではない
(12票/19.7%)
上2つを「即時交付容認」、下2つを「即時交付禁止」と分類すると、34対27で、即時交付容認側の意見の方が若干多いことが分かる。
寄せられたコメントを見て行くと、
データの信頼性が失われても、サービスの質を確保するため原則即時交付とすべき
○悩ましいところですが、即時発行できないと窓口が持たないかと。Ver3.1になって即時変更が原則できないように方針が変わったのが気になります。
○誤交付をした場合、都会では、証を交換するといっても大変なのでしょうが、田舎にいると比較的簡単に交換することが可能ですので、即時交付の方がいいと思います。
○交付されないと医療受けられないよ。
データの信頼性が損なわれるため、原則即時交付は行うべきではないが、被保険者からの求めがあればやむをえない
○市町村の既存のデータの信頼性自体がかなり怪しい現状では、これ以上の崩壊原因を作る訳にはいきませんが、保険医療制度という観点からは即時発行を躊躇うことはできないでしょう
○新規転入者には手入力して発行になるそうです(笑)
○データの信頼性を担保するための、チェック処理等が必須だと思います。
○そもそも即時発行という業務があって、その為のシステムがあるべき!逆になっているのが今回の課題!!
○広域内転居した日に病院に行くことが十分に考えられるので必要最低限の即時発行は必要で、かつ大病院に行く場合は保険証ないから・・・では通用せず一時全額負担はお年寄にはきつい
○相手を考えると出してあげたいが、実際完全に信頼できる訳ではないためむずかしい。
データの信頼性が担保されるようになるまで、即時交付は行うべきではない
○証はある時点の資格内容を反映しているもので、リアルタイムに間違いのないものが被保険者の手元にあるとは限らないが、被保険者データは正しいものが継続的に管理されなければならないと考えます。
○属性情報の一元管理が大原則である。市町村の住基DBを介することなしに即時発行を認めるべきではない。
○市町村の大小により判断も異なるであろうが、現状の国保においてはこのレベルで即時交付していると思われるので。
○利用者にとっては即日交付をしたほうが良いと思うが、自治体の後期高齢者医療制度の準備状況をみるとリスクがとても高いと思う。
データの信頼性が担保されても、誤交付のリスクや入力の負担がある限り、即時交付を行うべきではない
○住基の異動が有る場合、住所地確認のため郵送する事は必要だと思います。システムの問題以外にも即時交付出来ない理由は多々考えられ、即時交付出来ない点については別途対応が必要と思われ
○住基を知らない人間が入力するなど、考えただけでも恐ろしい。
○ALL or NOT ではなく、せめて仮保険証のような対応は出来ないのでしょうか
○手書きによる後期高齢者医療資格のある証明証(滞納による資格証明証じゃない)を発行
○せめて、全ての項目を入力しなくても採番できるようにするべき。市区町村に採番用の被保番号を与えて、仮証を出せるようにするべき。
○市町村システム側もたいへんなんです・・・
即時交付容認側のコメントを総括すると、ただ単に「サービスが低下するから」「後期高齢者の方が困るから」というだけではない。
「保険医療制度の仕組み自体において、資格があるのに被保険証を出せないのはおかしい。その前提でシステムが設計されていないのが問題」という考えが根幹にあるのだろう。
即時交付禁止側のコメントをみると、データの信頼性が失われるのも大きな問題であるが、それ以外の理由によっても「郵送交付が必要」だと言う意見もあった。
実際、郵送による後日交付は居住地の確認、滞納防止、虚偽の届出(成りすまし)の防止、など様々なメリットがある。
このメリットにどれだけの価値を認めるかは、都会と田舎で大きく考えが異なり、温度差がある。
標準システムの即時交付機能は禁止し「市町村において仮保険証を交付すべきだ」という意見も数多く寄せられた。
もちろん、これは誰でも考えることであるが、(自分の記憶が確かならば)一昨年にどこかの広域準備事務局の方が厚生労働省に確認したところ、
「保険診療、保険請求の仕組みに「仮」なんてあるわけないでしょ?」
とバッサリ切り捨てられたとか。
それに、市町村には被保険証を引き渡す権限はあるが、交付する権限はないわけで、この法的整理も大きな問題である。
市町村には被保険証を交付する権限はない。また被保険証に「仮」などありえない。
でも、「この人は被保険証の引渡し手続き中です」という医療機関向けの文書なら、それは被保険者証ではないし、市町村の「被保険者証引渡し」の権限の中で交付可能である。
まさに苦肉の折衷策であるが、修正機能を凍結(正確には修正機能のディフォルト権限付与が凍結)されて困っている広域は、一度検討してみてはいかがだろうか。(もちろん医師会との調整は必須)
そういう方々が受診されても、追い返さないんで欲しいんです。
別に暴露とかそういうのじゃありません。
だってどうせあと1か月もしたら、全国で明らかになるんだから。
後期高齢者医療制度は、国がなんとか中央会に作成を委託した後期高齢者医療広域連合電算処理システム、通称「標準システム」って奴を全国で使っています。
これね、後期高齢者の方が住所異動をされても、新しい保険証すぐに出せないんですよ。
出すのに早くて翌日、悪くすれば1週間ぐらいかかってしまいます。
正確に言えば、すぐに保険証を作れないことはないんだけれども、
一からデータを全て入力しなければならない。
しかも下手に入力間違いをすれば取り返しのないことになってしまう。
人ってのは絶対に操作間違いを起こすものですから、その前提で防護策が様々用意されているが普通ですが、
残念ながら、後期高齢者の保険証を作るためのシステムは、普通じゃあない。
「標準システム」のオンラインはボロボロです。
ていうか、あんなものオンラインとも呼べない。
フールプルーフが皆無で、しかもバグの巣窟と判明するや機能を凍結って、もうね。
「データに不整合があって間違った保険証が出てしまったとしても、間違ったデータを送信した市町村が悪いだけだから、保険者の広域連合がどうこうする必要は無い」
とのTSHSの電波発言があったとかなかったとか、
まあそんなことはどうでも良いんですが、
現場から程遠い「偉い人」が「そういう思想」で作ったシステムですから、もうどうしようもない。
社保庁の年金記録がああいう風になってしまった理由も良く分かるというものです。
まあ、もともと以前の記事でも触れたとおり、仕様どおりに正しくデータを提出しても不整合が起こるシステムですからね。
そういった何とか中央会の要件定義の甘さとかバグの類を、市町村のせいにされちゃあ、たまったものじゃあない。
現場はデータの崩壊を食い止めるのに必死です。
特に政令市は被害甚大。このシステムの尻拭いのために一体どれだけの貴重な税金が投入されているか、想像も付きません。
もうね。あの省と何とか中央会にシステム作らせるのはやめましょうよ。もう十分でしょう。
今、手元にある標準システムは、各広域が1千万円ずつ出資し、47広域が約5億で「気になる木」と随契して、全面改修しましょう。
オンラインインターフェースを少し見直すだけでも、1広域(ならびに構成市町村)あたり年間1人以上の人件費は絶対節約できますよ。
とりあえず、多くの広域で「社保庁の二の舞」となるよりも、引越しした後期高齢者の方に多少の不便を強いる方を選択すると思います。
長い目で見れば、その方がメリットがあると思います。
「この方は保険証の手続き中です」とか、保険証の変わりに怪しい書類を持った後期高齢者が4月から医療機関を訪れるようになると思います。
そういった方々が訪れても、決して追い返さず、次回の来院時に保険証を確認してあげてください。
どうかお願いいたします。
保険証の即時交付について、自分の意見を投票してみる
仕事に出かけようとした矢先、怪獣2号の様子がおかしいと女房殿から連絡が入った。
「熱が38℃以上あるよ」
「3か月の赤ん坊だから熱ぐらい出すだろ」
「吐いたよ」
「3か月の赤ん坊だから体調悪いときには吐くだろ」
「2時間ぐらいに4回吐いてて、3回目以降は胃液なんだけど」
「ふむ…」
ネットで調べたところ、「乳児で頻回の嘔吐や胃液を吐くような嘔吐がある場合はすぐに医療機関に受診せよ」との記述がある。
どの程度の緊急性か判断が付かないが、とりあえず付近の総合病院救急外来に連れて行くことにした。
が、
6時間待ちでしかも小児科の当直はいないとのこと。
「小児科医がいないなら受診しても余り意味無いな」と、別の休日診療所に連絡をとるも、やはり当直の小児科医はいない。
「小児科医を探しているなら都道府県の救急医療情報システムをあたってみては」と休日診療所で言われたので、
言われたとおりに電話をかけてみたが、何十回かけても話し中でつながらない。
なるほど、これが医療崩壊というやつか。
「電話が混みあっていますので、そのままお待ちください」のアナウンスの代わりに音声広告でも流せば税収の足しになるな、と不謹慎なことを考える余裕があるあたり父親として失格なのかもしれないが、
ともあれ、打つ手が無くなった。
一応、広域内で一番大きな市であるが、こんな有様である。
奈良大淀病院の一件以来、とかく医療崩壊という言葉が引き合いに出されるが、
別に日本国民が病気になりやすくなったわけではないし、医者の総数が劇的に減ったわけではない。
変わったのは、医療行政と国民の医療に関する考え方である。
とりわけ縮小傾向の老人医療に比べ、近年の各自治体の乳児や子供への医療助成の充実は目を見張るものがある。
実はこうした福祉医療施策自体が医療を崩壊させているのではなかろうか。
特に問題なのは、乳幼児の医療費を無料にするという制度だ。
実際のところ、救急外来の6時間待ちに並ぶ、あるいは救急車を利用する小児患者のどれだけが、本当に命に関わるものなのだろう。
自分が子供だった三十年前は、土日や夜間は医者がいないのが当たり前。そういうときに重い病気になれば、民間療法等でしのぎ、次の平日に医者に見てもらうのが普通であった。
それで誰も不満を言うものはいなかったし、少なくとも自分の周囲で(交通事故や水難で死んだ同級生はいたが)土日に病院にかかれなかったために子供が死んだという話は聞かなかった。
今や、夜間診療の選定療養の自己負担に対し、乳児医療が使えないことを抗議する親が大勢いる時代である。
福祉施策は良かれ悪しかれ人の意識を大きく変えてしまう。
三つ子の魂百までというが、幼い頃「無料だから」と、取るにならない病気でも救急外来に押しかけていた子供は、その行為を当然のものとして育っていき、医療資源はますます枯渇するだろう。
乳児や子供の死亡率は年々低くなっているが、それは明らかに医学の進歩によるものであり、福祉医療による早期治療の寄与は微々たるものだ。
医療費を無料にするのが少子化対策というトンデモ論はどこから出てきたか分からないが、少なくとも「医療費が無料だからもう1人」と考える人はいない。
そうした類の話をするならば、産科医療や妊産婦健診を保険診療にする方が「様々な面」で有益である。
思うに乳児医療なんぞ、入院のみで良い。外来もせいぜい3歳までだ。
本当の意味で「福祉医療」を充実させたいのであれば、必要な患者に必要なだけ、適切に医療資源が配分されるような仕組み(例えば、トリアージ的なもの)を考えるべきではなかろうか。
夜間救急がコンビニ化しているのは、核家族化や少子化で子供を看病するシーンが減り、どの程度であれば医療機関に受診させるべきかが分からない親(自分もその1人となろうが)が増えていることも一因である。医師法との兼ね合いが難しいが、「救急度」を判断できる情報を幅広く提供することが今後必要になるだろう。
ただ単に金をばら撒く年齢層を増やしていくのは思考停止もいいところ。愚策中の愚策である。
腹が立つのはこうした愚策を自分の市が行っており、それを推し進める議員に(以下自粛)
で、冒頭の怪獣2号がその後どうなったかという話であるが、
小康状態になったため、「救急車を」という親族を押しとどめ、結局医者にはかからなかった。
翌日、かかりつけの小児科に受診したら、便秘と診断され、綿棒浣腸で完治した。
そんなものである。
※ ウェブログポリシーにも記載しているが、記事の内容は一国民、一市民としての筆者の私的な意見であり、公人としての見解を示すものではないので悪しからず。








