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- 2007-0103 後期高齢者医療診療報酬(1)―人頭制の是非
- 2006-1207 大風呂敷
- 2006-1025 移転しました。
- 2006-1010 医療制度改革(追記)―定額制は誰のために?
- 2006-1003 老人保健やめたいんですけど…
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http://www.kokuho.or.jp/intra/html/shiryou/lib/kenkyuu_houkoku1_20061226_2.pdf
http://www.kokuho.or.jp/intra/html/shiryou/lib/kenkyuu_houkoku2_20061226_2.pdf
http://www.kokuho.or.jp/intra/html/shiryou/lib/kenkyuu_houkoku3_20061226_2.pdf
国保中央会がまとめた報告書が物議をかもし出している。
またとんでもない話を持ってきたな、というのが筆者の第一印象であるが、内容を簡潔にまとめると、以下のとおりとなる。
1.後期高齢者は、原則として診療所の中からかかりつけ医を選ぶ。
2.病気になった場合には、最初にかかりつけ医を受診することを原則とする。
3.かかりつけ医は診察、治療(専門医や病院への紹介を含む)の他、健康状態の把握、健康上の相談、リハの指導、ターミナルケアの対応と看取りを行う。
4.かかりつけ医の報酬は登録された後期高齢者の人数に応じた定額払い+出来高払い。
これに対するメリットとしては以下のようなものをあげている。
1.医療機関に対するフリーアクセス(「いつでも、誰でも、どこへでも」)の中の「どこへでも」をある程度制限することにより病診機能が明確になり、効率的な医療が提供される。その結果、真に医療を必要とする人に必要な医療が提供されるようになる
2.後期高齢者におけるQOLの向上が推進される
3.診察から入退院、リハビリテーション、介護サービスとの連携まで含めて、継続的な医療が推進される
で、アクセスを制限するとは、こういうことなのであろうか。
日立SE 「勘弁してくださいよ、年始ですよ」
電算担当職員「かかりつけSEに年始もクソもないでしょ、なんのために保守費用払っているの?」
日立SE 「で、障害起きたのはどれなんですか?」
電算担当職員「住基システム」
日立SE 「ええっ?幾らなんでも無理ですよ。だってこれNECの汎用機でしょ?」
電算担当職員「何言ってるの、君、かかりつけSEでしょ?」
日立SE 「Expressならともかく、ACOSは無理ですって」
電算担当職員「こっちだって最初からNECのSEに頼みたいけど、初期障害切り分けはかかりつけSEがやるって規則だから仕方が無いでしょ?さっさと適当な診断書いて紹介状書いてよ」
冗談はさておき、現場の反応は早い。
早速何人かの医師ブロガーの方々がこの問題を取り上げていた。
○アクセス制限とコスト(医局脱出へのカウントダウン)
○アクセス制限とコスト(医局脱出へのカウントダウン)
Dr.Poohさんは、アクセス制限による外来診療の医療費削減など微々たるもので、かかりつけ医制度の本丸はターミナルケアのコスト削減だと分析している。
○かかりつけ医制度は医療費を抑制しない(ハードSFと戦争と物理学と化学と医学)
一方でinoue0さんは外来重複頻回受診が国民医療費を高騰させているという(誤った認識の)世論を反映したものだと述べている。
(どうでもいいけど、初診の保険外併用療養費を数万円に値上げってのはやりすぎでしょ)
○イギリス型(へなちょこ医者の日記(当直日誌兼絶望日誌))
○イギリス型2(へなちょこ医者の日記(当直日誌兼絶望日誌))
○イギリス型3(へなちょこ医者の日記(当直日誌兼絶望日誌))
physicianさんは別の視点である。
まず開業医が専門外の分野において初期診療を任されることのトラブルを懸念しているが、一方でこの案自体は厚労省の全面定額制を牽制したものではないかと分析している。
真偽は定かではないが、もしそうだとしても、もう少しマシな案はなかったものか。
欧州の制度を参考にしたらしいが、欧州各国(特にイギリス)の公的医療保険が崩壊しているのは有名な話である。
かかりつけ医というのは、もし見つけることができれば確かに貴重な存在だ。
しかし、それは選択を強制するようなものではない。
仮にそういった制度を導入するとしても、診療所が量、質ともに地域格差が無く、十分な情報提供がなされていなければ巧く機能しないであろう。
また初期診療のミスによる医療過誤や訴訟の増加も予想される。
(そういえば公務員が非効率といわれる所以はゼネラリストであるからだ、という話をどこかで聞いたことがある)
何より見落とされている大きな問題がある。
「そういう」診療報酬体系にする以上、それをチェックできなければ意味がない。
後期高齢者の被保険者マスタに「かかりつけ医」の医療機関番号を履歴付きで保有し、レセプトデータと突合して妥当性をチェックする。
そういった機能が必須であろう。
もちろん、こういった機能は11月22日版未定稿のどこを探しても無い。
給付関連機能の要件定義が固まるのに時間がかかることは想定の範囲内であろうが、
資格関連の機能についても、当の開発委託者が早々に方針変更、仕様変更を示唆していることを「気になる木」さんはどう受け止めているのであろうか。
そして「標準システム」外で対応せよという話になれば、広域連合と市町村は莫大な資金と労力の投資を強いられることになる。
もちろん、この強行軍のスケジュールの中、そんな余力があるはずもない。
大きな問題がもう一つ。
「どこを窓口としてかかりつけ医の登録を行うのか?」
恐らく市町村であろう。
これは大変だ。かかりつけ医登録業務と苦情対策のために、全国の担当課長は平成20年度からの人員配置を再検討せねばならない。
我々は後期高齢者医療制度の基盤整備のために奔走しているわけであるが、
その労は決して報われることは無く、評価はうえに乗っかる診療報酬体系でほとんど決まるといっても過言ではない。
そして診療報酬体系は我々の手の届かないところで勝手に決まっていき、その苦情処理は市町村が矢面に立つことになる。
なんともやりきれない話ではないか。
一部の資料を除いて公に電子データのものは出回っていないから、ここ数日間で全国で莫大な量の紙が消費されたことは想像に難くない。
直接出席された事務局や市町村が電子データを起こそうにも、あの文字や図の細かさとページ量では困難であろう。
厚生労働省の担当の方もお疲れとは思うが、もう少し環境保護に配慮していただきたいものである。
それにしても、介護、後期高齢、国保の特別徴収関係の資料の厚さが目を引く。
後日詳しく触れることになるとは思うが、市町村の介護システム(特別徴収部分)の改修は不可避であろう。
厚生労働省から(市町村の)介護サイドにはどれだけ情報提供しているのであろうか?
今まで(11月22日まで)の資料についても、良く読み込めば、介護システムの改修の可能性は読み取ることができる。
しかし、市町村の予算要求というものは「漠然とした可能性」や「想像」だけで出来るものではない。
12月議会の時期になって、後期高齢担当課の職員が介護担当課に「あの分厚い資料」を渡して、
「来年の秋までに改修お願いします」
といったら、間違いなく介護担当職員は激怒するだろう。
そこらへん、もう少し考えていただきたいものである。
さて今日は別の話、より薄っぺらい資料から片付けようと思う。
被保険者証にすりこむQRコードの話だ。
被保険者証へのQRコード刷り込みはいくつかの健保や共済が先行して行っている。
いずれ義務化になるとのことであるが、後期高齢の証でも刷り込むことを想定している。
QRコードの中には被保険者番号や記号番号など、証の基本的な情報が盛り込まれており、
医療機関の窓口で読み取って記号番号等の転記誤りを防ごうという試みだ。
単なる医療機関の書き間違いが、医療機関や保険者、審査支払機関に無益な労力を強いているという分析はそのとおりで、うまく機能すれば有難い話だ。
将来的には各種保険の資格情報をどこかで一元管理し、即時に使える証かどうかを判別する「オンライン資格確認」の構想もある。
このQRコード、携帯で読み取れて、記号番号などの中身を見ることができるらしい。
インターネットを検索すると、「やってみた」というblogがたくさん出てきた。誰しも考えることは同じである。
こういうのは一業界で複数規格があっては意味が無いから、後期高齢のものも恐らく同じだろう。
「暗号化しなくて大丈夫か?」という意見もあったが、被保険者証の表面に堂々と書いてあることなぜ暗号化する必要があるか、逆に聞いてみたい気もする。
QRコードが偽造防止にならないことさえ承知しておけば、別に何の問題も無いだろう。
さて、厚生労働省はこのQRコード導入で資格過誤の4割が削減可能と試算しているが、これは大風呂敷だ。
まず母集団が誤っている。
厚生労働省は16年度支払基金における資格過誤調整件数を元に試算しているが、全国の後期高齢担当課(老人保健担当課)職員を毎月悩ます「一部負担金割合の誤り」は区分の誤りとなるため、資格過誤ではなく事務上過誤に計上されるはずであり、試算の母集団には入ってないと思われる。
この数は、本市では資格過誤の約5割程度の実績があり、決して無視できない数だ。
そして証回収前の受診については、返戻による過誤調整を行うことが(医療機関の協力が無い限り)できない。
そうしたレセプトについては、被保険者(受給者)に不当(不正)利得の返還を求めたり、現行老人保健であれば支払基金を通じて拠出金の調整を行うわけだが、こうした件数も母集団には含まれていない。
余談だが、医療機関の窓口事務というのは想像以上に過酷だ。担当者の給与も資格過誤の件数によりペナルティが課せられる場合もあるという。
成績を上げようとすれば「保険者や役所からレセプト返戻の電話がかかってきたら、とにかく「証を見た」としか答えないこと」というマニュアルが出来てもおかしく無い。
少なくとも私が医療機関や薬局の管理者ならそうする。厚生労働省が診療報酬体系で締め付け、病院の経営が苦しくなればなるほどその傾向は強まるだろう。
話を元に戻す。
母集団もこれだけ違うわけだが、中身の内訳についても怪しい部分がある。
いわゆる「認定外家族」の過誤事由がどこに含まれるか、ということだ。
「扶養を切られたが証が差し替え(訂正)されていない」というのは記載誤りというより喪失後受診に近いわけだが、
この件数が「旧証によるもの」や「その他」ではなく「本人家族の誤り」に含まれているのなら、これも誤り要素の1つである。
何より、医療機関がQRコードを読み取る機械を導入しなければ効果が無いわけだが、
筆者の主観では、記号番号誤りを起こす医療機関は未だに手書きレセの診療所等が多いような気がする。
レセコンすら導入しないのに、QRコード機器導入に理解が得られるかどうかは甚だ疑問だ。
以上より、QRコードによる削減効果はせいぜい2割もあれば良いほうではなかろうか。
「(連合会を含めない)基金サイドの資格過誤」という極めて特殊な条件下では4割に近くなるかもしれないが、それは実態を正確に表してはいない。
正味では2割あれば御の字であろう。
誤解しないでいただきたいのは、筆者はQRコード導入に反対しているわけではない。
本当の効果はその次のステップ「オンライン資格確認」まで到達しないと得られないということだ。
「オンライン資格確認」は今までむしろ導入されていないのが不思議なくらいで、クレジットカードでもキャッシュカードでもまず有効かどうか確認してから処理を行うわけだが、
資格があるかどうか、本人のものかどうかも分からない証に大金を「見切り」で払ってくれる業界はここだけである。
筆者が懸念するのは、
大風呂敷を広げたことにより、「予想ほどの効果が無いじゃないか」と叩かれ、第一段階だけで頓挫してしまうことである。
この試みは「オンライン資格確認」まで行かないと意味が無い。
広げてしまった風呂敷は元に戻せないから、まずは三師会を説得し、医療機関や薬局への浸透を早期に図るべきだろう。
現在の診療報酬は原則として、検査、投薬、処置といった診療行為を積み上げる出来高制である。
一方で定額制というのは、こうした診療行為の報酬を全て包括してしまい、疾病ごとに定額にするやり方だ。
実は定額制は新たな手法ではなく、現在も「DPC」という呼び名で、一部の病院で試行的に行われている。
今回の検討内容というのは要するに、DPCを単なる試行ではなく、スタンダードにしてしまおうということである。
定額制の詳細な説明や問題点については以下の2つのblogで触れられているので、是非ごらんいただきたい。
美しくなることは、健康になること!
http://becomingbeautiful.blog65.fc2.com/blog-entry-252.html
沖縄健康企画
http://yakuzai.exblog.jp/4682824
さて、今回なぜそういう考えが出てきたかといえば、言うまでもなく高齢者の医療費を抑制するためである。
高齢者の医療費というと、町医者の待合室で老人が井戸端会議をしている様子を思い浮かべるかもしれないが、
以前の記事でも述べたとおり、費やされる医療費の大半は終末期医療である。外来や薬剤については様々な批判はあれど、その実、額としては微々たるものだ。
定額制は外来診療にも導入可能だが、早期発見早期治療の妨げになる可能性もあり、削減効果も少ないとなれば、
やはりメインのターゲットは入院、とりわけ終末期医療にメスを入れるというのが正しい見方であろう。
(頻回多受診や薬漬け医療を肯定するわけではない。誤解なきよう。)
ところで、業界ではDPCは一定の成果を得たという評価が大勢だが、筆者はこれに懐疑的だ。
なぜならば、現在は試行段階であり、「定額」と「出来高」の住み分けが出来ている。
「定額」で採算の取れない患者を受け入れず、「出来高」病院に紹介するといった逃げ道が用意されているのだ。
病院が経営努力をすれば、当然そこに行き着くであろう。
全ての病院がDPCになった場合に上手く機能するか否かは全く保証されていないのである。
むしろ、包括定額制が原則の介護の世界同様、「おいしくない」患者がサービスを受けられないという結末になるのは、火を見るより明らかだ。
営利追求が容認される介護と、原則慈善事業で営利追求が認められない医療とでは事情が違う、という反論があるかもしれない。
しかし、現実に老人は90日を超えれば一般病床を追い出されるし、制限日数を超えたリハビリも受けられない。
厚生労働省はこれらの行為を禁止しているわけではなく、ただ採算が取れない数字に設定しているだけである。
要するにそういうことなのである。
終末期医療にメスを入れること自体は悪いことではない。いずれそうせざるを得ないことは以前の記事にも書いたとおりであるし、その必要性も説いてきた。
問題とすべきはメスの入れ方である。
なお、定額制についてはこういう意見もある。↓
Kazu'Sの戯言Blog(新館)
http://kazus.blog66.fc2.com/blog-entry-999.html
記事の中身について野暮なことを言うつもりはない。
むしろ、率直な意見が辛口ストレートに書かれており、世間様の認識というものを窺い知る良い例だと言えよう。
人は必ず老い、そして死ぬ。
例外はない。
終末期の医療は誰にでも、いずれ直接的に関わる問題なのだ。
だからこそ、メスの入れ方は十分な議論を行い、国民のコンセンサスを得るべきであるのだが、誤った見識のもとで議論を重ねても得られるものは何もない。
まずは、マスコミの偏重報道を廃し、国民に正しい姿を伝えることこそが先決だ。
そしてこの考えはそのまま行財政改革や公務員改革にもあてはまるのである。
いわゆる障害老人の方のことである。
念のために解説すると、
老人保健に該当する人は75歳以上が原則であるが、老人保健法第25条第1項第2号の規定により、一定以上の程度の障害を持つものは、65歳から74歳でも老人保健法の適用を受けるように申請することができる。
ところで、現役世代のものの医療費負担は、皆さんご存知のとおり3割である。
75歳以上の老人は原則1割(現役並みの所得があるものは3割)だ。
70歳から74歳の間は老人保健ではないが、負担は75歳以上と同等の1割である。
つまり、障害者が老人保健の適用の申請をし、認定されると、65歳から69歳の間、医療費の負担が2割分得するということだ。
ところが話はそう単純ではない。
恐らくどこの市町村でも障害者に対しては、独自の医療助成を行っているのである。
もちろん都道府県や市町村によって多少の差異はある。
要件となる障害の程度が、1級〜2級の市町村もあれば、3級まで認めている市町村もある。
障害者の所得の制限を設けている市町村もあれば、そうでない市町村もある。
医療費の3割の自己負担を全て助成する市町村もあれば、一定額の一定負担金を控除して助成する市町村もある。
ただ、共通しているのは、
助成内容はあくまで医療のみで、入院時の食事代を助成する市町村は殆ど無いということと、
そうした障害者が老人保健になっても、別の制度で同等の助成を継続するという点である。
つまり、障害者医療の助成を受けられるものは、老人保健になろうがなるまいが、実際には負担が変わらない場合が多い。
とはいえ、市町村は独自に助成する金額が3割と1割で大きく異なるため、老人保健の適用申請を推奨しているはずである。
もしそうした人が療養病床に入院していたら、どうなるだろうか?
ご存知のとおり、70歳以上の老人は、10月から療養病床はホテルコストがかかることになる。
この70歳以上の老人には、65歳から69歳で、老人保健の認定を受けた障害者も含まれるのである。
医療費は老人保健でもそうでなくとも助成を受けることはできるが、食事療養や生活療養の標準負担額はそうではない。
市町村が気を利かせて、療養病床の負担増加分を障害老人の助成制度で肩代わりしてやれば良いが、そうでなければ老人保健の適用を申請したばかりに負担が増えてしまうことにもなりかねない。
療養病床の負担増は平成20年4月から65歳から69歳の者にも適用されるようになるから、そうなれば逆転現象は解消されるが、それまでまだ1年半もある。
「老人保健やめたいんですけど…」
こうした事態を老人保健法は想定していない。
だが、そう思う人は確実に出てくるのではなかろうか。








