公務員叩きに物申す!-現職公務員の妄言 システム運用保守に、後期高齢者医療制度に、公務員叩き批判に、行政改革に、福祉行政に、ITに、WEB2.0に、SNS管理に、VBに、Scriptに、情報セキュリティに、IPネットワークに、SEOに、ほんの少し家族サービスなブログ。

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 以前、某市町村の幹部職員であるSNS会員の方から興味深い意見の寄稿を受けたことがある。
 今まで懐で温めていたが、今回それを披露させていただこうと思う。

 実は後期高齢者医療制度というのはいわゆる2年前からの医療制度改革の1つに過ぎない。
 全容は厚生労働省HPの医療制度大綱医療制度改革試案を見ていただければ分かる。
 また当ブログでも2年前に特集記事を書いているので、こちらも参考にしていただきたい。

 で、この中でマスコミに槍玉に上げられているのは短期的な施策であるが、実は医療費削減効果が大きいのは中長期的施策のほうである。
 その中で特筆すべきは、病床転換(医療から介護への推進)だ。
 
 長期入院の老人は介護へ移ることが推奨される。
 これは社会的入院を解消し、慢性的な軽症状患者が急性期用のベッドを占有して、医療資源の適正な配分や医療費の高騰を防ぐというのが建前だが、社会保障全体に視野を広げると、別の裏事情も見えてくる。

 そもそも医療保険だろうと介護保険だろうと、高齢者の患者が一定水準の医療と介護を必要としていることは間違いなく、
 保険給付の設定に大きな誤りがなければ、いずれの保険であろうとコストの総和は変わりないはずである。

 現在療養病床にいる患者を介護施設に移したうえでサービスの質を維持するためには、介護施設の医療サービス提供体制を強化する必要があり、結果的に介護保険施設が療養病床に近い形になっていく。
 わざわざそんなことをしなくても、療養病床の介護面を強化して医療面を弱めた新たな施設基準を設定すれば同じことであり、コストの総和で見れば「医療ではなく介護」という絶対的な理由は無い。

 だが、医療と介護に決定的な違いがある。
 それは国庫負担である。

 後期高齢者医療制度と介護保険で財源構成を比較すると、
 社会保障審議会後期高齢者医療の在り方に関する特別部会(第1回)で配布された資料より、後期高齢者医療における給付費の国庫負担は、定率負担と調整交付金合わせて給付費等総額の33%である。
 これに対し、介護保険施設の介護給付費に係る国庫負担は、定率負担と調整交付金を足して20%に過ぎない。

 つまり、国は単純に療養病床の後期高齢者を介護保険施設に追い出すだけで約4割ものお金が節約できるのである。
 後期高齢者医療については、実際は定率負担と調整交付金に国保と政管健保の後期高齢者支援金にかかる国庫負担分があるので、実際に軽減される負担はもっと大きくなると予想される。

 じゃあこの国が得した分を誰が新たに負担するかということだが、

 都道府県は2倍近くの負担となる。(後期高齢者医療8%→介護保険17.5%)
 市町村は約1.5倍の負担となる。(後期高齢者医療8%→介護保険12.5%)
 実は一番負担が大きくなるのは高齢者自身の保険料で、実に2.5倍もの負担となる。(後期高齢者医療7.7%→介護保険19%、ただし第3期介護保険事業期間)

 前述の医療制度大綱や医療制度改革試案を見ていただければ分かるが、国はこの「高齢者医療の負担付け替え」について都道府県にノルマを課し、強力に推し進めようとしている。

 医療制度大綱には「国民的な合意を得て、公的保険給付の内容・範囲の見直し等を行う。」とあるが、果たして、こうした内容が国民のコンセンサスを得られたものかどうか。

 一方でマスコミは「おたくのところで保険料のミスはありませんでしたか?」とか馬鹿馬鹿しい取材ばかりで、こういう本質的な議論や内容には全く興味が無いらしい。

 やれやれである。

○ 過去の医療制度改革特集記事はこちら

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 炎上覚悟でキャリアブレイン社の記事と京都府保険医協会の主張に苦言。



医療IT化「情報漏れの危険性」(キャリアブレイン)

 今年4月からの段階的な施行を経て、2011年4月以降は医科・歯科すべてのレセプト(診療報酬請求書)のオンライン請求を義務化する厚生労働省の方針について、患者の診療情報漏れをはじめ、情報が診療以外のことにも使用される問題点が指摘されている。患者の診療情報が外部に漏れてしまった場合、さまざまな犯罪にも悪用されかねないだけに、こうした危険性を残したまま急いでオンライン化を進めることに、医療団体や医療事務関係者から疑問の声が上がっている。

(中略)

 このレセプトのオンライン請求に関して、京都府保険医協会などの医療関連団体が3つの大きな問題点を指摘している。
 1つめは、患者の診療情報が漏れる危険性だ。オンライン請求の場合、医療機関から審査支払機関に送られたレセプトのデータは審査を経て、保険者にデータ送信。その後、政府に情報提供される仕組みになっているが、この流れのどこかで診療報酬が漏れる可能性があるという問題だ。

(中略)

 同じ電子情報としては、住基ネット(住民基本台帳システムネットワーク)で06年3月に北海道斜里町でWinny(ウイニー)を介したインターネット上への流出など情報漏えい事件が続発。同協会などは「こうした危険性を残したまま急いでオンライン化を進めることは問題」と警告している。

 2つめは、患者の情報が診療以外のことで使われる問題だ。内閣府の規制改革会議(議長=草刈隆郎・日本郵船会長)が診療情報の民間活用を求めているなど、国は民間による診療情報・健診情報の活用方法を検討している。「あなたにピッタリの薬」、「あなたのためのフィットネス」といったダイレクトメールが届くことも想定され、

(中略)

 3つめは、地域の医者が辞めてしまうかもしれないということだ。同協会が京都府内の60歳以上の開業医にアンケートした結果、オンライン請求が義務化されれば3割を超える医師が「辞めて引退する」と回答。



 2つめの個人情報目的外利用問題と3つめの引退問題(設備投資負担問題)、これは確かに理解できる。
 特に、某省庁が個人情報の目的外利用に非常に鈍感であることは様々なシーンで感じとることができるし、ダイレクトメールの例は極論としても、そうならないように監視の目を光らせることは重要だろう。

 だが1つめの情報漏えいの問題提起はどうにも納得しかねる。

 「この流れのどこかで診療報酬が漏れる可能性がある」というのは具体的にどこの何を指しているのであろうか?
 そして、その情報漏えいポイントはオンライン特有のものであろうか?

 レセプトが医療機関から国保連合会や支払基金といった審査支払機関を経由し、保険者に到達するのは現在も同じである。
 ただそれが紙か電子データか、という違いだけだ。

 実は、現在のレセプト請求の仕組みで言えば、紙の方が情報漏えいポイントは圧倒的に多い。
 その意味ではレセプトオンラインのほうが、はるかに安全だということだ。

 現状、多くの医療機関、審査支払機関、保険者は、レセプトをそれぞれの組織単体でのみデータ化し、他の機関に提出するときには紙に戻すという手法を取っている。

 オンラインであれば、暗号化したうえで送信すれば、目的は達することが出来る。

 だが今の仕組みは、まずある機関が保有データを紙に変換せねばならない。
 システム内ではアクセス権限管理やデータの暗号化がなされ、それなりのセキュリティが保たれていたとしても、このポイントで多量の個人情報がむき出しになるわけである。

 しかも紙はかさばる。
 1都道府県単位の審査支払機関には、毎月数十万枚から数百万枚単位のレセプトが集約されるが、この莫大な量の紙を処理するためには頻繁に委託業者の手を借りなければならない。
 それこそ、1か月単位で輸送し、倉庫に入れ替え、定期的に廃棄せねばならないわけだが、全て別々の業者であろう。

 つまり、何十人、何百人という他人の手に渡り、目に触れることになるということだ。

 もちろん、委託業者には委託主と同等のセキュリティポリシー遵守義務や守秘義務が課せられるが、
 官民問わず、個人情報漏えい事件の大半が、委託先や下請け、アルバイトなどからの漏えいであることを忘れてはならない。
 (これは、委託先や下請け等の末端にまで情報セキュリティの意識や取り扱いを浸透させることが非常に困難であることを示している)

 紙は暗号化されていない。平文で誰でも読むことが出来る。紙への部外者の物理的到達は、即、情報漏えいを意味する。

 紙は情報を到達させるために時間がかかり、輸送の間、常に危険に晒される。
 鍵付きのカバンで車で輸送していたとしても、カバンごと、車ごと盗まれる可能性もある。

 情報の変換にはデータの完全性損失のリスクがある。(あれ、2枚目の続紙はどこにいった?)
 印字ミスや紙つまり等もあり、処分方法に注意を払わなければ、ゴミ袋などから情報が漏洩することもある。

 多量の紙の使用は環境にも優しくないし、何より非効率でコストがかかる。(税金ドロボー!)

 特筆すべきなのは、電子の情報が不正アクセスを受けた場合は痕跡が残るが(もちろん侵入者によって消される場合はある)、紙に残るのはせいぜい指紋ぐらい、そして紙自体に触れなければ周囲に監視カメラでもつけていない限り痕跡は全く残らない。
 つまり、紛失や盗難でもなければ、紙媒体から情報漏えいしたとしても、ほとんどそれが分からないし、騒がれることも報道されることも無い。
 (これが紙が安全だと妄信される所以である)

 一方で媒体でのデータ搬送は、暗号化等が施せる分、紙に比べて若干セキュリティが高くなるが、かさばらない分、紛失のリスクは高くなるし、輸送の間危険に晒されることに変わりはない。

 では、レセプトオンラインの特有の危険性とはどこにあるのであろう?

 端末における不正アクセスが起こるから危険だというのであれば、現在病院や診療所にある医事ネットワーク端末やレセコンも同様に危険である。
 特にローカルのHDDで個人情報を管理している場合は、盗難による情報漏洩の危険もあり、その意味ではスタンドアロンよりネットワーク(セキュリティのしっかりしたサーバルームで集中管理)の方が安全といえる。

 拠点ネットワーク回線への侵入の危険(スニッフィングやサーバ乗っ取りなど)は、病院などには既にLAN(医事ネットワーク)が構築されているから、危険性は同等である。
 もちろん診療所のスタンドアロンのパソコン(レセコン)がネットワーク化することにより増大するリスクはあるが、
 そもそもちっぽけな診療所の中のネットワークに侵入できるんなら、それはカルテや端末、現金にも到達できる状況じゃないか?

 となると、残るはLAN同士を結ぶ閉域網部分のリスクであり、この部分が京都府保険医協会の言う「どこかで」となろうが、ここで悪さを働くためには、まず通信事業者の(この部分自粛)。
 これは、ソーシャルエンジニアリングを用いた各種機関の端末への不正アクセスや、医事ネットワークなどのLANへの侵入に比べてはるかに難易度が高い。

 大体、近年のほとんどの情報漏えい事件は、端末等から保存した媒体あるいは出力帳票などから起きている。ネットワークそのものが原因というのはあまり聞いたことが無い。
 そして前述のとおり、閉域網で暗号化されたデータとして送信する行為は、多量の紙に変換して赤の他人が搬送するよりも、はるかに安全であると思われる。

 要するに、レセプトオンラインが危険と主張するのならば、今の仕組みも同様に(あるいはそれ以上に)危険であるということだ。

 自分が情報セキュリティの現場にいて非常に強く感じることは、
 意識しているかどうかはともかく、「紙は情報媒体ではない」あるいは「紙であればセキュリティはまず大丈夫」と考える人が圧倒的に多いことだ。
 情報システムや電子媒体のセキュリティはしっかりしているのに、出力帳票(もちろん個人情報入り)の扱いはずさん、という組織は少なくない。
 医師に限らず、「紙は安全、オンラインや電子は危険」と盲目的に考えている多くの人たちが個人情報を扱っている現状に強い危惧を覚える。

 思うに、この提言に関わった方々は、レセプトオンラインや住基ネットのアーキテクチャと全く関連の無い事件を引用されているあたり、ITや情報セキュリティに詳しくないのではなかろうか?

 一般人なら「電子やオンラインは何か不安だ!」と訴えるのはまだ良かろう。
 だが医師は大切な個人情報を預かり、利用する側であることを忘れてはならない。
 素人同然の見地でセキュリティを語れば、却って医師の信用や信頼を損ないかねない。

 レセプトオンラインにセキュリティ上の問題があるかないかといえば、確実にある。
 絶対に安全だと言うつもりは毛頭無い。
 だが、的外れなセキュリティ議論をしていても意味が無い。
 そして「紙は安全、オンラインや電子は危険」と妄信することは、却ってセキュリティを低下させる結果につながりかねない。



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 厚生労働相の諮問機関である社会保障審議会の「後期高齢者医療の在り方に関する特別部会」の初会合が5日に開かれた。その中で、いわゆる「診療報酬定額制」の導入が検討されているとして、一部で話題を呼んでいる。

 現在の診療報酬は原則として、検査、投薬、処置といった診療行為を積み上げる出来高制である。
 一方で定額制というのは、こうした診療行為の報酬を全て包括してしまい、疾病ごとに定額にするやり方だ。
 実は定額制は新たな手法ではなく、現在も「DPC」という呼び名で、一部の病院で試行的に行われている。
 今回の検討内容というのは要するに、DPCを単なる試行ではなく、スタンダードにしてしまおうということである。

 定額制の詳細な説明や問題点については以下の2つのblogで触れられているので、是非ごらんいただきたい。
 
美しくなることは、健康になること!
http://becomingbeautiful.blog65.fc2.com/blog-entry-252.html
沖縄健康企画
http://yakuzai.exblog.jp/4682824

 さて、今回なぜそういう考えが出てきたかといえば、言うまでもなく高齢者の医療費を抑制するためである。
 
 高齢者の医療費というと、町医者の待合室で老人が井戸端会議をしている様子を思い浮かべるかもしれないが、
 以前の記事でも述べたとおり、費やされる医療費の大半は終末期医療である。外来や薬剤については様々な批判はあれど、その実、額としては微々たるものだ。
 定額制は外来診療にも導入可能だが、早期発見早期治療の妨げになる可能性もあり、削減効果も少ないとなれば、
 やはりメインのターゲットは入院、とりわけ終末期医療にメスを入れるというのが正しい見方であろう。
 (頻回多受診や薬漬け医療を肯定するわけではない。誤解なきよう。)

 ところで、業界ではDPCは一定の成果を得たという評価が大勢だが、筆者はこれに懐疑的だ。
 なぜならば、現在は試行段階であり、「定額」と「出来高」の住み分けが出来ている。
 「定額」で採算の取れない患者を受け入れず、「出来高」病院に紹介するといった逃げ道が用意されているのだ。
 病院が経営努力をすれば、当然そこに行き着くであろう。
 全ての病院がDPCになった場合に上手く機能するか否かは全く保証されていないのである。
 むしろ、包括定額制が原則の介護の世界同様、「おいしくない」患者がサービスを受けられないという結末になるのは、火を見るより明らかだ。
 
 営利追求が容認される介護と、原則慈善事業で営利追求が認められない医療とでは事情が違う、という反論があるかもしれない。
 しかし、現実に老人は90日を超えれば一般病床を追い出されるし、制限日数を超えたリハビリも受けられない。
 厚生労働省はこれらの行為を禁止しているわけではなく、ただ採算が取れない数字に設定しているだけである。
 要するにそういうことなのである。

 終末期医療にメスを入れること自体は悪いことではない。いずれそうせざるを得ないことは以前の記事にも書いたとおりであるし、その必要性も説いてきた。
 問題とすべきはメスの入れ方である。

 なお、定額制についてはこういう意見もある。↓

Kazu'Sの戯言Blog(新館)
http://kazus.blog66.fc2.com/blog-entry-999.html

 記事の中身について野暮なことを言うつもりはない。
 むしろ、率直な意見が辛口ストレートに書かれており、世間様の認識というものを窺い知る良い例だと言えよう。

 人は必ず老い、そして死ぬ。
 例外はない。

 終末期の医療は誰にでも、いずれ直接的に関わる問題なのだ。
 だからこそ、メスの入れ方は十分な議論を行い、国民のコンセンサスを得るべきであるのだが、誤った見識のもとで議論を重ねても得られるものは何もない。
 
 まずは、マスコミの偏重報道を廃し、国民に正しい姿を伝えることこそが先決だ。

 そしてこの考えはそのまま行財政改革や公務員改革にもあてはまるのである。




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 長々と続けてきた医療制度改革の話であるが、最後に原点にたちかえって考えてみたい。

 そもそもなぜ、医療制度改革が行われなければならなかったのだろうか?
 それは国民医療費が増大し、保険財政を圧迫しているからである。医療費が増大したのは、国民が不健康になったとか、薬の無駄遣いが増えたとかいうことではなく、そもそも医療費が多くかかる老人の割合が相対的に増えてきたからだ。

 老人は若年者の5倍の医療費がかかる。
 たった1割の老人が国民医療費の1/3を使ってしまっている。

 
 この政府のプロパガンダの内容に誤りはない。
 だから医療費を抑制しようということである。

 今回の医療制度改革でも「限られた財源の中で、将来とも良質な医療を確保し、持続可能な皆保険制度とするために」高所得や療養病床の老人の負担を引き上げたわけだが、給付の見直し等の短期的施策による効果はたかだが知れている。

 改革の本丸は医療費自体の削減にあり、2015年までの削減予定の2.6兆円のうち、約2兆円に相当する。
 http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/10/tp1019-1b.html
 具体的には予防の強化、すなわち生活習慣病対策であり、健康診断による保健指導が実現のための手段である。

 残念ながら健康診断は万能ではない。
 むしろ、項目の大半が役に立たないものであるという結果が昨年報道された。
 http://inoue0.exblog.jp/1553578
 現状、国はこれに約1兆円投入している。
 眉唾の健康診断で更に2兆円削減とは、錬金術のような話である。

 連載の冒頭にも書いたが、マスコミの記事や社説の多くは表面的、短期的な負担増しか述べず、この本丸部分の実現性に言及しているものは少数しか見当たらない。
 かくもマスコミは質が落ちたか、と嘆息せざるを得ない。
 公務員を叩いている暇があったら、もっと勉強していただき、皆のためになる記事を書いていただきたいと思う。

 さて、マスコミも触れないことを書くのが当blogの趣旨だとも思うので、更に切り込んで行きたい。

 そもそも予防は医療費削減効果があるのだろうか?
 病気の予防をすれば、なるほど、病院にかかる可能性は少なくなる。
 しかし、人は必ず死ぬ。
 病気の予防自体は意味があることであるが、医療費削減につながるかどうかは疑問だ。
 なぜならば死ぬときに医者にかからない者は稀であり、病気の予防は単にそれを先送りにしているだけだからである。

 そして、ここが重要な点であるが、医療費の大半は人が死ぬときに費やされる。
 町医者の待合室で四方山話をしている老人が、日本の医療費を食いつぶしていると思っている方が多いと思うが、それは大きな誤りだ。
 多少古いデータであるが、レセプトの金額の上位10%の患者が総医療費の6割、1%の患者が1/4を使っているという統計結果がある。
 そしてこれら高額レセプトの患者は大半が1か月以内に死亡しているのであり、社会復帰を果たしているものは皆無に近い。

 家族がドクターに「お願いします」と一声かけると、そこに莫大な税金が投入される。それによって、多少の延命が成功したのかもしれないが(これは実証しようが無い。なぜなら延命措置をしなかった場合と比較せねばならないからだ)、逆にいえばその金は他の多くの「これから生きていく人」への福祉に充当できるたかもしれないのである。
 命はかけがえがなく、金では買えない。
 しかし、感情論や精神論だけでは行政はなりたたない。
 少数の死にゆく命のために、どこまで我々は譲歩できるであろうか?

 我々は今までこの部分について議論を避けてきた。
 だが、タブーと言うのは体のいい言い訳だ。
 日本の公的医療制度がぐらついている今だからこそ、終末期の医療について明らかにし、国民全体が真剣に命の値段について議論するべきであると思う。

** 追記 **

 7月6日、カテゴリーを修正しました。
 7月8日、健康指導による医療費削減の実現性について、当初「マスコミ記事は一誌も無い」としていましたが、読売新聞ならびに日本経済新聞において言及されていることが判明しましたので、適切な表現に改めました。




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タグリスト: 医療制度改革, 終末期医療,
 診療報酬請求制度のIT化といって、まず真っ先に連想されるのはお隣の国、韓国である。 

 日本のレセプト電子化の状況は前回述べたが、病院と診療所と薬局でならすと約25%になる。ところが、韓国の電子化率は96%である。
 日本はレセプトの点検や審査を紙ベースの目視で行い、審査支払機関だけでは不十分であるから保険者からも再審査が行われることも述べた。ところが韓国では原則電算上のロジカルチェックしか行われず、目視で内容を精査するのは非常に例外的なケースである。審査支払機関でのチェック後に保険者が再審査を申し出することはない。

 当然人件費も大きく異なる。レセプトが同じ枚数だとすると、韓国における審査支払機関の職員数は、日本のわずか1/4である。審査委員の数は1/8である。なおかつ日本では保険者サイドでも人件費をかけて点検や管理を行っている。この点も考慮すれば、差は歴然である。

 もちろん電子化の効果はこれだけではない。
 全国民5年分、100TBとも言われるレセプトのデータウェアハウスを活用できる強みがある。
 
 実際、韓国に出来て、日本で出来ないことを列挙してみよう。

 ○疾病の流行状況の把握。
 ○患者単位での医薬品の併用禁忌チェック。
 ○不適正な医薬品や血液製剤発生時における、投与患者の検索、追跡調査、補償。
 ○レセプトデータの医学研究への活用。
 ○手術の成功率等、様々な側面からの医療の質評価。
 ○正確な特定傷病患者数の把握。


 この業界の人間であれば、一番最後の項目を見て「おや?」と思われたかもしれない。これについては後で詳述することにする。 

 さて、日本と韓国はどうしてこうも差がついてしまったのか?

 理由の1つとしてコード化がある。

 韓国は1991年にようやく国民皆保険が実現した。決して日本以上に歴史が古いわけではない。
 だが、紙ベースの時代から電子化をにらみ、徹底したコード化の対策に取り組んできたのである。

 日本で電子レセを推進するに当たり、大きな問題となっているのが、傷病名や各種点数表項目のコード化である。
 日本でも韓国でも、特定の診療行為を評価する際には、ベースとなる「基本点数」とボーナスである「加算部分」を組み合わせる方式である。
 例えば、「診療時間外に受診した乳幼児の再診料」は「再診料」というベース部分に「乳幼児」であることの加算と「時間外」であることの加算が考慮される。
 これは日本でも韓国でも同じである。

 日本の点数表は、この基本点数と各種加算にそれぞれコードが振られている。つまりコードから求めた値を演算しないと「診療時間外に受診した乳幼児の再診料」を求めることが出来ない。
 ところが、韓国の点数表では「診療時間外に受診した乳幼児の再診料」というコードが存在する。演算は必要ない。
 電算処理を行ううえで、どちらが有利かは言うまでもないだろう。

 また日本の医療機関ではいわゆる「レセコン」は導入しているが、電子レセの普及は進まないことは以前に述べた。
 要するに、医療機関の立場からすれば、電子レセに切り替えるメリットが余り無いのである。(特に診療所)
  
 その点、韓国は徹底的な利益誘導を行った。

 まず、電子の場合は医療機関に診療報酬を早期に支払い、逆に紙請求の場合は支払を遅らせたのである。
 これは効果的だ。日本でも電子も場合はボーナスが付くが、反面患者負担額にも反映するという悪影響がある。
 当時の韓国での深刻な不況も追い風となった。
 加えて、電子レセに切り替えると、最高6か月間、レセプト審査が免除されるという思い切った施策も行った。
 導入当初だけでなく、1年間行政処分が無いと2年間審査免除というプログラムも併用している(ただし抜き打ち検査は行われる)。
 たとえ査定されても、その理由や内容が細かく書いてあり、病院側が再発防止にフィードバックさせやすいということも好印象となった。
 かくして韓国のレセプト電子化はあっという間に浸透したわけである。
 
 もう1つの深刻な問題として、いわゆる「保険適応病名」問題がある。
 
 業界人であれば周知の事実であるが、日本では「保険病名」あるいは「適応病名」と呼ばれる、保険請求専用のウソ病名がある。
 ある診療行為が患者にとって明らかに必要だとしても、保険として認められないことがある。だからウソ病名を付けてしまえという発想である。
 例えば長く使うと肝臓に負担がかかり、投与中は定期的に肝機能検査を受けなければならないという薬がある。もちろん検査にも相応のコストがかかる。薬のために検査をし、その分持ち出しでは採算が取れない。
 「だったら肝臓の病気にして保険診療として認められるようにしてしまえ」ということなのである。
 もし「強い薬で胃を痛めるから」と併せて胃薬が処方された場合、貴方は胃潰瘍にされているかもしれない。ということだ。
 自分は保険者サイドの人間であるが、この世界に入って長いし、友人に腹を割って話せる医者も数多くいる。両方の内情は理解しているつもりだ。
 誤解を恐れずに言えば、医療機関の診療報酬請求は不正ギリギリのグレーゾーンの領域で行われている。そうしなければならないのは、つまり制度が悪いのである。

 医療機関は請求に不備が無いように、本当の病名によるレセプトを作成したあとで、適用病名を継ぎ足す作業を行う。そして保険者は適用病名もれをくまなくチェックし、バッサリ切りにかかる…。

 こんなナンセンスなことに病院と保険者はしのぎを削っているのである。しかも国保などであれば人件費はつまり税金だ。皆も無縁の問題ではない。
 どちらがが悪い、どちらに責任があるということではなく、こうした(少なくともレセプト電子化という面から見れば)悪しき慣習は無くしていかねばならないと思うのである。

 脱線が過ぎた。こうした話は別の機会を設けてゆっくり書こうと思う。

 本題に戻るが、こんな状態では、せっかく電子化が成されても、データの信用性が低く、使い物にならないのは言うまでもない。
 「胃潰瘍」で検索したら、その中に「なんちゃって胃潰瘍」が数多く混入しているのだから。
 ちなみに韓国ではこうした「保険病名」問題は無いそうであり、質の高い医療情報を確保することが可能なのだそうである。

 さて、こうした問題以外にも、解決せねばならないことは山積みだ。
 もし「レセプトオンライン」という夢のような話を実現するためには住基ネットと同等またはそれ以上のセキュリティを確保せねばならないし、導入費用や基盤整備の問題もある。

 5年間で完全実施できるかどうかはいささか疑問だ。
 ともあれ、現実的な問題として、毎月運ばなければならない多量の紙の山が早く無くなってくれるのを祈るのみである。

** 追記 **

 7月6日、カテゴリーを修正しました。




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 シスアドでセキュアドな後期高齢者医療制度SNS管理人。
 後期高齢者医療制度の資格事務担当だったはずがひょんなことで電算担当に。

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