公務員叩きに物申す!-現職公務員の妄言
落書きと駄文
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あるとき、昨日夢草原の植田言志さんに、自分の少年時代をイメージした絵を描いていただいた。
プロの絵描きへのリクエストである。贅沢なことこの上ない。

恥ずかしながら、自分も少々絵を描いていた時期があり、高校の卒業文集や学園祭パンフレット、大学のサークルの機関紙などの表紙を手掛けたことがある。
とはいえ、ここで披露できるようなレベルのものではない。
絵というよりは単なる落書きである。
以前の記事でシステム構築を絵にたとえたことがあるが、実際両者は良く似ていると思う。
デッサンが基本設計だ。ウォーターフォール的な書き方も出来るし、スパイラル的な書き方も出来る。植田さんはデッサンをされないそうだが、これはいかなる書き方になるのか。
いずれにせよ後期高齢医療制度を核とする絵は難しいし、完成図は予想もできない。
5年前まで自分はWindowsを一切知らなかった、と言うと大抵の人は驚く。
もっとも20年以上前には大いにパソコンをいじっていた。
そして父はこの上なくパソコンが嫌いであった。
中学生になったらパソコンを買ってくれるという約束を父に取り付けたが、果たして自分の手元にやってきたのは英文タイプライターだった。
冗談のような本当の話であり、全く人をバカにするのにも程がある。
その英文タイプのせいで自分はキーボードを強く叩く癖がついてしまった。
おかげでPC-8801や9801のキーボードを幾つも壊した。その点、FM-77やOASYSは頑丈だった。幾らバコバコ叩いても壊れなかった。
キーボードだけなら断然富士通が良い。親指シフトが日本標準規格にならなかったのが残念でならない。
中学時代は毎日OAショールームやショップに通い、8bitパソコンをいじくり倒したものだ。
今の1000分の1の単位のメモリやクロック数という極めて限られた環境の中で、コマンドラインの黒い画面に思うままプログラムを打ち込み、どれだけのことができるか、毎日がチャレンジだった。
プログラムの見やすさや美しさは度外視、とにかくスピードと省メモリに徹するのが流儀だった。
もちろん中学生の仕業だからフロー図も変数表も何もない。絵というよりはまさに落書きだ。
あるとき父に「コンピューターの仕事で食っていきたい」と言った。
父は「そんなヤクザものになるくらいなら死んでしまえ」と言った。
人並みの反抗期だったから殴り合いのケンカになった。
そんな父は今やXPの搭載されたデスクトップで毎日ネット碁に興じ、孫のデジカメ写真を取り込んで楽しんでいる。
そのパソコンの設定やメンテナンスを行うのは他でもない自分である。
いい気なものだが、そんな父も、もうすぐ後期高齢者である。
殴り合いに負けたから、というわけではないが、自分はプログラマーやSEには結局ならなかった。
絵についても同様で、真剣にやろうとは思わなかった。
何事についても中途半端であるから、ゼネラリストの公務員が関の山ということなのであろうか。
ともあれ、自分が描くことができるのは絵ではない。所詮ただの落書きである。

落書きの利用は自己責任で。
2007年01月17日(水)22:18 | 現職公務員SE
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2007年01月19日(金)00:23 | -
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